ロジカルにと言われるだけあって、テキスト量が今回も多いです。前回に引き続き篠原先生に語っていただきます。お手柔らかによろしくお願いします。

【門】絵に関わることを生業にしている方から「デッサンは大切」って聞きますが、大概その理由までは言ってくれません。長々と話してもらうのもどうかと思いますし、そこで・・・そもそもQ.デッサンって何で必要なんです?

【篠】画力が高い人は基本的に観察力が高い。デッサンは観察力を磨いて画力を向上させるための練習です。思うように描くことができない原因は観察力が足りないからです。上手な人はモチーフをよく観察して描きます。そうでない人は自分の絵ばかり見て描いています。描いている姿を見れば地力はだいたいわかります。
目は錯覚を起こしやすいので、ただ見ているだけでは大きさや色のバランスを正しく把握することができません。正しく見えないと言うことは、正しい形がわからないから正しく描けないし、間違った形がわからないからミスを修正することもできません。「うまくいかないけれど、何をしたら良いのかわからない」人は、観察ができていないのです。
本や動画で描く手順や道具の使い方を勉強しても、筋肉や骨格を覚えても観察力がなければ自分のイメージを思い通りに描くことはできません。観察ができるようになって、技術や知識が役に立つのです。
デッサンは先人の知恵です。デッサンは先人が長い年月をかけて作り上げた、観察力を磨いて画力を向上させるための基礎トレーニングです。古い時代の絵の勉強は、「絵手本」といって、師匠が描いた絵の「模写」をして「描く技術」を学ぶことが主流でした。しかし自然を観察して描くデッサンで「観察力」を磨く方が上達することがわかり、「デッサンが画力の基礎」と言われるようになりました。
例えばスポーツ選手は持久力をつける走り込み、パワーをつけるウェイトトレーニング、柔軟性を高めるストレッチなど、競技の練習以外に様々な補強のトレーニングがあります。高めたい能力に合わせて補強のトレーニングをするので、競技の練習よりも効率よく能力を高めることができます。基礎体力が向上するとパフォーマンスが向上するように、デッサンで基礎画力=観察力をつければ、絵画、彫刻、漫画、イラスト、デザインなど、クリエイティブのパフォーマンスは向上します。

【門】「良く観る」ことが大切なんですね。「みる」繋がりではないですけど、良く授業中に平面の絵でも立体的に見えるでしょ?と言われてますが、Q.立体的に見える絵って何が違うんです?

【篠】立体的に見える絵は、奥行きと角度の表現です。奥行きと角度を観察したりイメージして描けば、線だけで描いても立体的に描くことができます。
影を描くことが立体的に描くことだと思っている人がいますが、影を描くことと立体的に描くことは違います。影に頼って立体を表現する練習をしても、立体的に描けるようにはなりません。
「立体的に観察ができる、立体的にイメージできる」から立体的に描けるのです。「立体的にものが見えない、イメージできない」人が立体的に描くことはできないのです。

【門】トーンや着彩なしの線画の段階で立体的に描けるというのはすごいアドバンテージですね。教室での先生へのお願いとしては、「マンガやイラストを描きたい、フィギュア造形をしたいという方向けに構成して欲しい」と伝えましたが、大学とかでQ.油絵や日本画、彫刻で習うデッサンって何が違うんです?

【篠】デッサンは色を省いて基礎的な造形要素を観察して描く訓練ですが、重視する造形要素が違います。デッサンは作品を作るために必要な要素を重視して描くので、万人に共通の基本のデッサンはありません。
例えば、油絵のためのデッサンは「画面構成や階調の幅」を重視して描きますし、日本画のデッサンは「輪郭」と「明暗や質感」、彫刻は「形と構造」を重視して描きます。
ぼくは受験生のときに彫刻科を受験したのですが、自分の観察の仕方は明暗や画面構成など絵画的な要素を重視したものの見方なので、彫刻科の形や構造を重視して観察するということがわからなくてとても苦労しました。
作品を作るために必要な要素を見極める力、感じ取る力をつける訓練がデッサンです。どのように描くのかも大切だけれど、何を見て描くのかが重要で、自分が何を見て描いているのかを理解することがとても難しいので、本や動画で独学するのはとても難しいのです。
デッサンの基本はジャンルによっても違うし、人によっても違います。人の数だけデッサンの基本はあるし、作品の作り方があるものだと思っています。

【門】最後に非常に答えづらい質問かもしれませんが、Q.上手い絵って何だと考えていますか?

【篠】「上手い」には色々な評価の基準があります。例えばバランスを合わせるのが上手い、色の塗り方が上手い、線の描き方や、明暗や質感の表現が上手いとか、道具の使い方が上手いなど技術的な上手さ。一般的に「上手い絵」と評価されるのは技術的に高い絵が多いように思います。技術の高さは絵を描いたことがない人でもなんとなくわかった気になるからです。
一方、感情の表現が上手い、構図が上手い、色使いが上手い、モチーフやモデルの選び方が上手いなど、表現力や感受性、発想の上手さは絵を描いたことがない人や初心者にはわかりにくい、経験者好みの基準ではないでしょうか。初心者が感じる上手いと、経験者が感じる上手いには差があると思っています。
ちなみに、今ぼくが人類で一番上手いと思っているのはミケランジェロです。絵じゃなくて彫刻ですけど。絵画なら葛飾北斎か、ピカソか、ダヴィンチか、、、。絵画は表現の幅が広すぎて比較が難しいなと思います。巨匠の技術は自分のレベルだと理解できません。自分より下手な絵のことはわかるけど、自分より上手い絵のことは分かりません。私にはピカソとダヴィンチのどちらがどれくらい上手いのかわかりません。そして、自分の理解を超えて上手い絵は、上手いことすらわからないこともあります。何が良いんだかわからないと思っていた絵の凄さがわかるようになったり、上手いと思っていた絵が実は大したことなかったり、自分の成長と共に見え方は変わります。
上手さはいろいろな作品をたくさん見て、自分でたくさん描いていくうちに、段々とわかってくるものだと思います。誰の絵が上手いと思うか、他の人と話をするのも勉強になるし、面白い。他人の視点を聞いて、自分の絵の見方がガラッと変わることもあります。
みなさんはこの世で誰が一番絵がうまいと思いますか?

【門】「上手いと思う絵」と「好きな絵」と「流行っている(売れている)絵」とが必ずしも一致しないというところが、難しいところですね。一番うまい人ということには私にも答えは出ません。ありがとうございました。

この記事を書いた人

スタッフ門前
おとなの美術室スタッフ
おとなの美術室事務スタッフ。 門前の小僧習わぬ経を読むから命名。サブカルをこよなく愛するナイスミドルである。一時期ブログ投稿を降板させられたが、10周年を機に復帰。